南キャンの「山ちゃん」と僕「ひもにい」はどちらが「幸せ」な存在なのか?

ども。ひもにいです。

 

 

煽り&若干のタイムラグのあるタイトルですみません。本日は「ヒモ男は『幸せ』な存在なのか」をお送りします。

 

ヒモって聞いて「幸せ」だと思うか?

 

この世の真面目な紳士淑女のみなさん(皮肉ではありません)、ヒモ生活について、正直どう感じていますか?

 

羨ましいですか?それとも心から見下していますか?

 

僕は都内で開かれる社会人向けの様々なイベント(読書会とか勉強会)に参加する度に、「あの、ご職業はなんですか」と他者から問われます。その時僕は背筋をピンと伸ばし、正々堂々とスマイルで「はい、ヒモをやっております」と言うようにしています。

 

そうすると、ある人は目を見開き、声を大にして

「マジっすかっっ??!!!羨ましぃいいいい!!!」

と叫び、ある人は

「え、ヒモ?ああ・・ヒモか。女性からお金もらってるってことですよね?つまり無職??」

と冷静にかつ物珍しそうな反応をします。

 

またある人は黙ってしまい、顔面はニコニコしながらも、目は僕を異世界から来た未確認生物を観察するかのように、少し物理的にも精神的にも距離をおきながら、僕の話にウンウンとうなずくだけです(あまり興味がないのもあるでしょうね)。

 

ヒモ男はDQのスライムとかポケモンのコラッタみたいに、そこらへんにゴロゴロいない生き物ですし、女性に依存している無職のぶんざいで、無駄に口が走る僕に対し、皆さん反応は千差万別のようです。

 

確かにヒモアピールを突然されても困惑するのは当然ですよね。そこは申し訳ないです。最近は人体実験的に反応を楽しんでしまっている自分もいますので・・笑。残念ながらひもにいは見た目と違ってあまり性格が良くないみたいなのです・・・。

 

ただ若い方で、

「人生で労働が免除されてるとか最高じゃん!!」

「彼女から大切にしてもらえる&お金がもらえるなんて幸せですね・・」

「僕もなりたいのですがどうすればいいですか」

などと言われる方が結構いるのです。

 

本気で言っているのか、もしくは僕を馬鹿にしてるのをひた隠しにして、懸命に良い言い方をしようと繕った社交辞令なのか判然としないところがありますが。

 

まぁ・・確かに心から望んで今現在の職業に就いている人なんてすごく少なそうですし、たとえ就いたとしても想像以上に面倒くさい雑務&人間だらけで、そういう類に心から苦しんでいる方からとっては、僕のような「何もしてなさそうな、苦労を知らないような人間」は案外良く見えるでしょう。

 

幸せのありかが分からない・探す気力が普通より足りない「ひもにい」

 

でもですね・・・

 

これはヒモ生活をしている人すべてに当てはまるのか、もしくは僕の根っからの陰性格か分からないですが・・・

 

結論から言いますと、こんな恵まれた状況でも、僕はその状況がとても苦しいと思うことが多いです。

 

いや、死にたい訳ではないんですよ?絶対死ぬのは怖いです。

 

楽な生活をしているのに、あえて「苦しい自分」を演じることで、人に対してガードを張っているわけでもないんです。

 

芥川龍之介が「僕の将来に対する唯ぼんやりした不安」という言葉を残して服毒自殺をしていますが、そんな高尚な不安を持っているわけでもない。

 

では何故苦しいのか?

 

幼少期から「楽しい物事に対する不感症」を若干持っている僕は、楽しい雰囲気の中でも心の奥底ではどこか冷めていて、そして半ばビクビクしているところがあります。

 

今こうやって好きな音楽をかけて、背中をポリポリ掻きながら記事を作成してても、彼女とシャレオツなカフェをデートしても、気の合う仲間と談笑してても、

「この楽な瞬間はどこから生まれているのか」

「自分は楽しい時間を享受しても良い存在なのか」

などの感情が必然的に頭をもたげてくる。

 

時折ひどい状態では、

「隣の人がいきなり殴りかかってこないか」

「天井が突然抜けて下敷きにならないか」

「この楽しい出来事の後に、車に轢かれて死んでしまうのではないか」

というようなレベルにまで達することもしばしばです(僕は不安障害患者ではないんですけどね)。

 

多分、現在他者とあまり接せずに生きている人間、ヒモ男やひきこもり生活をしている方なら多少分かっていただけると思いますが、何故か「普通の人が考える幸せを得ること」への思考をどこかでストップさせている自分がいるんです

 

それによって「幸せの対象」が何なのか心から実感したことがない。大いなる未知数として、その思考が自分自身に大きく覆いかぶさり、ずっと引きずられて生きている感じなんです。

 

だから一般的な人が考える「楽しい、やりがいのある、幸福を感じる、癒される」というものが僕には判然としないので、それらの目的達成のために日々業務を遂行する一人前の社会人に、未だに僕はなれていないのかもしれません・・。

 

僕は苦しさからは正直逃れたいですが、過去に一度も「一人の人間として幸せを掴みたい!!」なんて思ったこともありません。

 

僕が一生かかっても届きそうもない「二人の世界」

 

先日南海キャンディーズの山里亮太さんと蒼井優さんの結婚会見が行われました。

 

僕もタイムリーでTVで見ていたのですが、二人とも弾けるような満面な笑みで、ほかほかした掛け合い、山里さんの男気溢れる発言がとても印象的でしたね。

 

僕のような「幸せに対する不感症人間」は、とても真似出来る代物ではなく、多分僕があの立場だったら、あそこまでの自然な笑顔は出来ず、それこそプラスチック製のお面のような引きつった笑顔で、

「こんな注目を浴びて、この先は徐々に低空飛行になるんじゃないか・・」

「お互い相手を守るって言ってるけど,老ければそんな気持ちは途方の彼方に行ってしまうのではないか!」

「将来生まれる子供が犯罪者になったらどうしよう・・」

などと考えて、冷汗を掻きながらインタビューに応じていることでしょう。

 

「幸せを追い求める内に本当の幸せなどやってこない」と頑なまでにガチガチに固まった僕の頭は、公衆の面前でも馬鹿正直にその惨めさが露呈してしまう。

 

幸福の背景にピタリとくっついている人間社会の残酷な部分を振り払って、プラスの側面だけを男気と称してアピールすることなど到底出来そうもないのです。

 

なのに二人ともエライ!!!

 

そのような恐れを抱くことをもろともせず、あのような大舞台であそこまでの自信に満ち溢れた言動ができるとは・・。感服しました。

 

僕よりも圧倒的に、幸せ観に対する見識の広さ・余裕さを二人が所持していることに、僕はTVの前で害虫のようにむぎーっと手足をジタバタさせ、その後フッと力が抜け、天井を見つめて、「幸せってなんだろう??」と改めて考えつづけるのでした。

 

自分の幸せを心の底から信じられないのに、他人の幸せなど絶対に信じられないわたくし、ひもにいの今回の記事「ヒモ男は『幸せ』な存在なのか」はここで終わりたいと思います。

 

ありがとうございました。